船の位置の求め方 進化した航海技術
従来の自船の位置の把握方法と現在使用されている航海計器
船の位置の求め方
船の航海は常に自分の位置を把握することが重要です。昔は山や半島、岬などの形状を見ながら沿岸を航行する「地乗り航法」でした。その後、沖合、大洋へと航海範囲が拡大していくと、六分儀を使った天測による航海術、電波信号、最近ではカーナビと同じように衛星利用へと進化しています。
航海計器の種類
航海用電子海図
従来の紙上海図に変わり、政府公認の電子化された海図データです。海図情報量に加え、位置情報・コース・スピードなどの航海安全に必要な情報をディスプレイに表示した「電子海図表示システム」が活用されています。
衝突予防装置
レーダーから得る情報を基にして、複数の船について実行し、船舶の衝突の危険の状況評価をする装置です。国際海事機関によって性能基準が定められており、500トン以上の船舶は装備が義務付けられています。
電子海図表示情報システム
航海計画と航路監視において、船舶の安全運航を支援するための航海情報装置です。本装置は、AISやレーダー、海上衝突予防装置(TT)の映像と海図情報との重畳によって、他船の動的情報を的確に表示することができ、また危険水域に接近した場合には事前アラームを作動します。安全航行の中心的役割・海難防止措置として船舶の安全運航に欠かせない装置です。
自動船舶識別装置
国際VHFを利用した、船舶を自動識別する装置です。識別符号、船名、位置、針路、速力、目的地などのデータを発信するVHF帯デジタル無線機器で、対応ソフトウェアがあれば受診したデータを電子海図・レーダー場面上に表示することができます。
平成20年(2008)7月1日以降要件を満たす全ての船舶に搭載が義務化されています。
複数の目標物がある場合 クロスベアリング(交差方位法)
海図で位置が正確に分かる複数の目標物の方位を、ほぼ同時に測定して位置を知る方法です。測定にあたって必ず測定時間差と、測定誤差が生じ、これらの方位線は一か所に交わらず、交点に三(多)角形が生じます。この一般的誤差を誤差三角形(コックド・ハット)と言います。実務上は、(各目標を測定した際の誤差がそれぞれ同じと仮定して)三角形の中心を船の位置としています。
また、2つの目標を測定する場合には、交角が90度、3つの場合には60度であるのが理想的としています。
目標物がひとつの場合 ランニングフィックス(船首倍角法)
海上では、複数の海上目標物を確認できない場合には、1つの目標物のみで自船の位置を求める方法があります。
位置が正確に分かる陸上の目標物の位置を時間間隔を空けて複数回測定し、この間の自船の針路角度から、海図に描き位置を求めます。具体的には、1回目の方位測定後、一定の針路・速力で航行した後、再度同目標物の方位を測定して位置を求めます。
陸地の目標物から
地形
船乗りが自分の船の位置を知ることができる最も初歩的な方法は陸地の形状を把握することです。岬や半島、島、暗礁などの姿を見て判断していました。
高い山や木
富士山や小笠山、秋葉山など海から見える高い山も大切な目標物です。
御前崎では大きな松の木を漁場の目印とし、「○○の松」と呼ばれ、大切に残してきました。
社寺の灯り
灯台が作られる前は、駒形神社や白羽神社、高松神社、三重県の青峰山勝福寺などの高い所にある神社やお寺の常夜灯の灯りが目印になったと言われています。
澪標(みおつくし)
船が安全に港に入れるように杭を打って航路(水路)の目印としました。漢字では「見尾津串」や「澪標」と記されています。大阪市の市章(マーク)に用いられています。
陸地の人為的な灯を見て
かがり火
灯台の役目をした最初の灯りです。外国ではエジプトのファロス灯台(紀元前279年)、日本では奈良時代、帰国する遣唐使船の目印のためにかがり火を焚いたのが始まりとされます
灯明堂
民間では慶長3年(1608)に能登半島の福浦灯明堂、江戸幕府が設置したものでは、寛永12年(1635)の御前崎の「見尾火灯明堂」が最初とされています。
灯台
日本最初の西洋式灯台は明治元年(1868)に神奈川県の観音崎に設置されました。御前埼灯台は明治7年に初点灯しました。現在全国に3,135基の灯台があります。
人為的に発射される無線・電波により
中波無線
昭和24年(1949)に中波無線信号を発射する無線方位信号所が、灯台の西高台(ねずみ塚広場西)に設置され、光から電波の灯台へと進化しました。昭和40年代に廃止されました。
レーマークビーコン
レーマークビーコン局から発射されたマイクロ波信号が船舶用レーダー画面に表示され、自船の位置と方向が分かりやすいシステムです。GPSの普及により平成21年廃止されました。
GPS
アメリカによって運用されているグローバルな衛星測位システムです。測位誤差は10mとされています。カーナビと同じように電波により容易に自船の位置と針路が確認できます。
DGPS
GPSの測位精度を向上させるため、海上保安庁が全国27の無線局から補正情報などを提供するシステムです。誤差は1m以下。平成31年(2019)3月1日に廃止されました。
国産GPS
準天頂衛星システム「みちびき」の導入により、DGPSよりも位置情報精度が向上しました。測位誤差は数㎝。海上保安庁が平成31年(2019)3月1日から運用を開始しました。
世界初の海上三脚灯台 御前岩灯台(ごぜんいわ灯台)
海との戦いを乗り越えた努力と技術
明治18年から昭和33年までで150隻以上が遭難
御前埼灯台の東方3kmにある御前岩は、東西150m、南北1,100mにもおよぶ暗礁群があり、この中で大根、ドイ根、傘島、赤島などと呼ばれる露出岩が干潮時には波頭の間にチラホラ見られます。
この地点はちょうど、名古屋港、清水港、四日市港を結ぶ重要航路の変針点に当たり、また御前崎の海岸と暗礁の中間水路は、中小型船舶の航路でこれまで海難事故が絶えませんでした。
明治18年(1885)から昭和33年(1958)までの海難記録によると、150隻余の船が暗礁に乗り上げ多くの犠牲者を出しています。
昭和31年海上保安庁の発案で、調査・研究・建設へ
御前岩灯標は、付近を航行する船舶に危険海域であることを知らせる事を目的に建設されました。完成した灯標を海岸側から臨むと、真っ青な海原にくっきり白い姿を浮かべています。
建設にあたり、昭和31年(1956)海上保安庁灯台部工務課長の発案により東大工学部教授など多数の権威者による専門的な調査・研究がされました。本体は運輸省第二建設港湾局で設計製作し、これを清水港に於いて組み立て、海上輸送により昭和32年(1957)6月17日に建設地点への据付を完了しました。重量60トンとされたこの三脚の据付には30トン吊り起重機2隻が活動し、多くの危険と海象を克服しての作業が行われました。
鉄骨製外径1.5m(内径1.2m)長さ18mの中空円筒3本はあらかじめ潜水夫によって平らにならされた岩盤上に据えられ、脚の内径の空洞から鉄杭が打ち込まれた後、特殊なコンクリートを流し込み、三脚は見事に安座しました。さらにこの脚に足がらみのコンクリートを打って安全を期し、この上に高さ9.35mの灯標を乗せて完成しました。
荒波に打ち勝った先人たちの知恵と努力
灯光にはアセトンガス60kgボンベ6本を使用し、昭和33年(1958)4月20日に完成しました。総工費4,268万円。灯標取付中は海が荒れ、船が近寄れないため作業員は9日間もこの灯標の中に立てこもり、食糧はロープを投げて引き上げながら工事を続けたという逸話も残っています。
また、考案者が御前岩灯標建設の研究論文により工学博士号を取得している事実からも、この工事がいかに画期的なものであり、かつ技術的にも困難を極めたものだったかがうかがわれます。
(昭和33年11月30日御前崎町発行 広報御前崎より引用)
御前岩灯標の設置によって暗礁に乗り上げる事故はなくなりました。名称は平成25年10月1日から「御前岩灯台」に変更されました。
御前岩灯台の概要
位置と工事の概要
位置 | 北緯34度35分51秒 東経138度15分38秒 御前埼灯台の東方約3.2km |
据付 | 昭和32年6月17日 |
完成 | 昭和33年4月20日 |
完成当時 | 現在 | |
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塗装・構造 | 白色、塔形(鉄造) | 白色、塔形(鉄造) |
灯質 | 群せん白光 毎3秒隔て2秒間に2せん光 | 群せん白光 毎8秒に2せん光 |
光度 | 1,700カンデラ | 実効光度390カンデラ |
光達距離 | 13.5海里(約25km) | 7.5海里(約14km) |
明弧 | 全度 | 全度 |
高さ | 平均水面から灯火まで19m | 平均水面から灯火まで18m |
レンズ | 5等レンズ | − |
光源 | アセチレンガス | LED |
監視 | 御前埼航路標識事務所職員 | 機器監視 |
現代の灯台の役割 灯台管理の仕事
最新技術を駆使し海を見守る灯台
清水海上保安部から遠隔管理
灯台の管理業務をする「御前埼航路標識事務所」は、施設の近代化や業務の合理化などにより平成11年(1999)3月31日廃止となり、125年にわたる灯台守の歴史に幕を閉じました。4月1日から下田海上保安部を除く静岡県内の灯台を管理する静岡航路標識事務所が新設され、御前埼灯台も遠隔管理となりました。更に、平成17年(2005)4月1日からは清水海上保安部交通課へ改組され、現在に至っています。
清水海上保安部交通課における灯台関係の仕事
- 灯台がいつも正しく点灯するよう保守しています
- 船舶が安全に航行できるよう海上の状況を把握しています
- 海上保安庁以外に設置管理している灯台を監督・指導しています
- 灯台で観測した気象情報を電話やインターネットで提供しています
- 灯台の設置や事故などの情報をインターネットで提供しています
清水海上保安部で維持管理している灯台の概要
航路標識は、灯光、形象、彩色、音響、電波などの手段により、我が国の沿岸水域を航行する船舶の指標とするための施設であり、岬の先端に立つ灯台、岩礁などの障害物の存在を知らせる灯標、航路の入り口を示す灯浮標に代表され、その設置目的に応じて種類が異なります。また、外国船舶も含め不特定多数の船舶が広く利用することから、塗色、形状、灯色、光り方などの性質に関して国際的な基準があり、我が国においても国際的な基準に準拠しています。
船舶は、特別な航法の規定がある海域を除き、自由航行が原則であり、水深と自船の喫水との関係から安全かつ能率的な航海計画を立て、その航海計画に基づき常に自船の位置を確認しつつ、航行上の危険となる岩礁や構築物などの障害物を避け、目的地まで航海します。
航海する船舶にとって航路標識は、自船の位置や障害物の位置を確認する際に必要不可欠なものであり、船舶交通の安全確保を図るため、重要な役割を果たしています。
清水海上保安部で維持管理している灯台の概要
御前埼灯台
航路標識番号 | 2495 |
位置 | 北緯 34-35-45 東経 138-13-33 |
灯質 | Fl W 10s(単せん白光 毎10秒に1せん光) |
灯高 | 54.0m |
光達距離 | 19.5海里(約36㎞) |
光度 | 560,000カンデラ |
塗色 | 白色 |
構造 | 塔形(煉瓦造) |
構造物の高さ | 22.0m |
明弧 | 221度から104度まで |
レンズ | 3等レンズ、ベアリング式回転機械 |
光源 | メタルハライドランプ |
点灯年月日 | 明治7年(1874年)5月1日 |
所在地 | 御前崎市(御前崎) |
清水灯台
航路標識番号 | 2473 |
位置 | 北緯 35-00-38 東経 138-31-50 |
灯質 | Fl(2) W 20s(群せん白光 毎20秒に2せん光) |
灯高 | 21.0m |
光達距離 | 14.0海里(約26㎞) |
光度 | 50,000カンデラ |
塗色 | 白色 |
構造 | 塔形(コンクリート造) |
構造物の高さ | 18.0m |
明弧 | 175度から17度まで |
レンズ | 5等レンズ、水銀槽式回転機械 |
光源 | メタルハライドランプ |
点灯年月日 | 明治45年(1912年)3月1日 |
所在地 | 静岡市(三保半島) |
掛塚灯台
航路標識番号 | 2499 |
位置 | 北緯 34-38-52 東経 137-48-09 |
灯質 | Iso W 6s(等明暗白光 明3秒暗3秒) |
灯高 | 25.0m |
光達距離 | 2.5海里(約23㎞) |
光度 | 5,600カンデラ |
塗色 | 白色 |
構造 | 塔形(上部鉄造下部コンクリート造) |
構造物の高さ | 16.0m |
明弧 | 全度 |
光源 | 高光度LED |
点灯年月日 | 明治30年(1897年)3月25日 |
所在地 | 磐田市(天竜川河口左岸) |
戸田灯台
航路標識番号 | 2458 |
位置 | 北緯 34-58-32 東経 138-45-50 |
灯質 | Iso W 6s(等明暗白光 明3秒暗3秒) |
灯高 | 17.0m |
光達距離 | 12.5海里(約23km) |
光度 | 5,600カンデラ |
塗色 | 白色 |
構造 | 塔形(上部鉄造下部コンクリート造) |
構造物の高さ | 11.0m |
明弧 | 全度 |
光源 | 高光度LED |
点灯年月日 | 昭和27年(1952年)2月28日 |
所在地 | 沼津市(御浜岬) |
舞阪灯台
航路標識番号 | 2501 |
位置 | 北緯 34-40-43 東経 137-36-46 |
灯質 | Fl W 15s(単せん白光 毎15秒に1せん光) |
灯高 | 37.0m |
光達距離 | 17.0海里(約31㎞) |
光度 | 120,000カンデラ |
塗色 | 白色 |
構造 | 塔形(コンクリート造) |
構造物の高さ | 28.0m |
明弧 | 270度から80度まで |
光源 | メタルハライドランプ |
点灯年月日 | 昭和39年(1964年)4月21日 |
所在地 | 浜松市(浜表) |
伊豆大瀬埼灯台
航路標識番号 | 2460 |
位置 | 北緯 35-01-49 東経 138-47-17 |
灯質 | Fl(3) W 13s(群せん白光 毎13秒に3せん光) |
灯高 | 16.0m |
光達距離 | 7.5海里(約14㎞) |
光度 | 390カンデラ |
塗色 | 白色 |
構造 | 塔形(コンクリート造) |
構造物の高さ | 12.0m |
明弧 | 全度 |
光源 | LED |
点灯年月日 | 昭和32年(1957年)11月30日 |
所在地 | 沼津市(大瀬崎) |
伊豆淡島灯台
航路標識番号 | 2462 |
位置 | 北緯 35-02-10 東経 138-53-11 |
灯質 | Fl(2) W 7s(群せん白光 毎7秒に2せん光) |
灯高 | 10.0m |
光達距離 | 7.5海里(約14㎞) |
光度 | 390カンデラ |
塗色 | 白地に赤横帯二本塗 |
構造 | 塔形(上部鉄造下部コンクリート造) |
構造物の高さ | 8.3m |
明弧 | 全度 |
光源 | LED |
点灯年月日 | 昭和51年(1976年)2月27日 |
所在地 | 沼津市(淡島北端) |
時代ごとに進化したレンズと回転装置技術
1.レンズ
灯台の光は、暴風雨の時に遠くから確認できる強い光が必要です。そのためにレンズを使いますが、大きい凸レンズは厚くて重く、製造や設置工事も難しく、多額な費用がかかるという欠点があります。
そこで、レンズをノコギリ状の断面にして、プリズムを組み合わせる方法が、1822年にフランス人の物理学者オーギュスタン・フレネルによって考案されました。
明治7年(1874) 日本初のフランス製一等レンズ搭載
製造国 | フランス |
高さ | 2,590mm |
焦点距離 | 920㎜ |
光の強さ | 67,500燭光 |
光り方 | 30秒に1せん光(1回転4分) |
御前埼灯台の初代のレンズは、日本で初めて採用されたフランスのソーター・ハーレー社製の第一等回転式8面フレネルレンズを搭載していました。
昭和24年(1949) 国産三等レンズ搭載
昭和20年に太平洋戦争による米軍艦載機の機銃攻撃を受けて、初代レンズ、回転装置等が破壊されました。しばらくの間、仮灯でしのぎ、昭和24年に国産の第三等大型2面フレネルレンズが設置されました。灯台上部の大きさに比べてレンズが小さく見えます。
製造国 | 日本 |
高さ | 1,576㎜ |
焦点距離 | 500㎜ |
光の強さ | 130万カンデラ |
光り方 | 10秒に1せん光(1回転20秒) |
2.光源
灯明堂の光源は明治時代初期までは植物油を燃やした炎を使用していましたが、洋式灯台は石油を用い、その後、電気へと変わり、現在は自然エネルギーを利用した太陽光発電へと進化しています。電球も長寿命、省電力に優れたLED(発光ダイオード)へと進化しています。
明治7年(1874) 石油蒸発式ランプ
設置当初は石油を燃料とする4重芯噴水式ランプを用い、光の強さ(光度)は67,500燭光でした。1日当たりの消費量は3升で、相良油田産の石油も使われていました。
明治43年(1910) ルックス白熱灯を採用
ルックス白熱灯が用いられ、光力18万燭光となりました。
大正6年(1917) 石油から電気へ
御前崎にも電気が来て、灯台は1000Wの白熱電球を使用し、63万燭光の強い光を出せるようになりました。その後、昭和24年に現在の三等大型2面フレネルレンズを使用するようになると130万カンデラになりました。
平成10年(1998) メタルハラードランプに変更
光源がA3電球からメタルハラードランプ(MT250E-W/PG)に変更されました。光度や光達距離は変わりありませんが、光度表示が世界標準となり56万カンデラに変更されました。
3.回転機械装置
レンズを回転させる機械で、灯台の中心部にある分銅筒の中を分銅(おもり)が、灯室から地面まで降下する力を水平の回転運動に変換してレンズを一定の速さで回転させていました。
明治7年(1874) 転轆(てんろく)式回転装置
初期の回転装置は転轆(てんろく)式と呼ばれる車輪(コロ)の上にレンズ台座を載せた方式でした。レンズの重量は不明ですが、出雲日御碕灯台の一等レンズの重さが3トン、分銅500~600㎏とあることから、ほぼ同程度と思われます。
この分銅の巻き揚げが灯台守の仕事で、灯台の光が点灯している間はレンズの回転を止めないよう一定の時間毎に分銅の位置を確認し、巻き揚げるという大変な仕事でした。
昭和24年(1949) 国産回転機械分銅巻揚装置を設置
戦後復旧による三等大型レンズの設置に伴い、回転機械分銅巻揚装置も更新されました。他所の灯台に設置された三等レンズの重さが約500㎏、分銅140㎏とあり、初代に比べると軽くなりましたが、灯台守の分銅の巻き揚げ回数は一晩に1~2回程度必要でした。
昭和28年(1953) 自動分銅巻揚装置を設置
分銅の巻き揚げが人力からモーターに変わり、灯台守は重労働から解放されました。
昭和40年(1965) 電動駆動装置を設置
レンズを載せた台座の外周が歯車状になっていて、それを直接モーターで回す仕掛けに改良されました。(昭和42年自動巻揚機撤去)
昭和49年(1974) 水銀槽式回転器機整備
水銀式回転装置は、おけ(槽)に水銀を貯め、その上に巨大なレンズを浮かべて回転させる装置です。摩擦抵抗が少なくなるため、小さなモーターで重量物を回転させる利点があります。水銀の使用終了は約8.8ℓ(重量約120㎏)でした。
昭和24年の設置と思われますが調査中です。
平成15年(2003) 三等レンズ免震装置設置
大きな地震が発生した場合に水銀槽(総重量約3.2トン)内の水銀がこぼれてレンズが回転できなくなることを防ぐため、地震の振幅を前後左右に吸収軽減する免震装置(CRS13)が取り付けられました。これにより旧回転機械分銅巻揚装置は撤去されました。
平成25年(2013) 水銀槽式回転装置からベアリング式に変更
巨大地震が発生すると水銀が水銀槽から漏れ出す危険性があることから、水銀槽を取り外し、安全性、保守性に優れた円筒ころを用いたベアリング(クロスローラーリング)式回転装置に変更されました。参観灯台では最初の採用です。
御前埼灯台は海抜54m、光達距離は約36kmで、1/35000縮尺すると光達距離はパネルの端から端までとなります。直線距離で東は駿河湾の南部、陸地で焼津市まで、西は掛塚灯台沖、陸地で磐田市まで到達する性能を有します。